就職が不安だ。

来年のぼくは、生きているだろうか。

じつに心配なので、まだこうして元気なうちに、くっさいくっさいことを、今からいっておこう。

それは、来年のぼくには忘れてほしくないことだ。

学生時代のぼくのマインド


ぼくの学生生活は、ここで何度も書いているように、とても苦しいものでした。とくに最初の2年間は。

アルバイトと勉強ばかりで、1日に終わりがありませんでした。通学時間も、講義の合間の15分も勉強しました。帰阪してアルバイト。

0時半頃に、帰宅しても

「ぼくが機械みたいにアルバイトしているあいだに、他の人たちは、もっと勉強してたんだ・・・」

と思うと、あまりに悔しく、涙がでる思いになったので、ボロ切れのように疲れているのに、深夜からまた勉強を始めたこともありました。

まぁ4回生辺りからは、最後の学費を支払えるメドがついたので、気が抜けてしまって最後まで走り抜けられなかったけど。

辛いとおもったことは、なんどもありましたが、それでもぼくのマインドは、以下のようなものでした。過去のブログ記事を引用。

2014/05/15


悩みについて思ったことを書いた記事です。
 
叶うかどうかは別として、明確な目標ができてからは、

 ①積極的に悩み事を作り出すものは、即排除するようになった。
 ②排除できないものは、サッサと克服するようになった。
 ③排除できない、克服できない性質のものは、忘れるようになった。

                             と思います。

 ①は、目標にとって、邪魔でしかない。
 ②は、目標と②を並行して行うのは効率が悪い。
 ③は、どうしようもない。さっさと忘れて目標に集中した方がよい。

悩んでる時点で、自分に目標がない、あるいは、揺らいでいる証拠なのかもしれません

とくに①積極的に悩みを作り出すものは、当時つきあってきた彼女のことをいっているのだと思います。たしか、このあとすぐに振ったはずです。

はき違えた自由


常にこんな立派なマインドでいたわけではないけど、たしかにこう思っていました。目標しか見えませんでした。

そして、今までの人生では感じたこともない感情を抱きました。

ぼくは自由なんだ、と。

勉強と労働ばかりのぼくをみて、一般的な大学生は、自由な時間もないじゃない、と思うでしょう。実際に、そんな揶揄されたこともあります。

しかしぼくは確かに自由を感じました。彼は、自由をはき違えているのです。

自由とは、多くの日本の大学生が勘違いしているような、自分が思うままに、何かを食べれること、どこかに移動できること、いつでも眠れること、では必ずしもありません。

それはせいぜい、もっと大切な意味での自由の、外側にあるものです。

本当の自由とは


真の自由とは、意志をもつことです。

自由の外側にあるものを自由と考えてしまうと、簡単に人は腐ってしまいます。親が干渉するせいで、金がないせいで、自分の頭が悪いせいで、環境が悪いせいで、自分の自由が侵害されていると思ってしまうのです。

これは、大学へ進学する前のぼくのことです。


しかし、真の自由、つまり意志さえ持っていれば、腐ることはありません。そして、死ぬこともありません。

たとえば、27年間も獄中で過ごしたネルソンマンデラ氏は、確かにあらゆることが制限されていましたが、しかし同時に自由だったと思います。不屈の意志があったからです。

しかし、意志の力は偉人だけのものではないと思います。それは、ぼくのようにどんなにバカな人間であっても、持てるものなのです。

必ずしも大げさなものではない


意志という言葉や、例としてネルソンマンデラ氏を挙げたせいで、かなりスゴいことをいってるように感じるかもしれませんが、これはマックスレベルでのハナシです。

意志とは必ずしも、大げさなものではなくてもいいと思います。

たとえば、ぼくは自分の人見知りがイヤです。

そう思うなら、もちろん克服するために意志をもって人間関係を取り組めばいいことです。

反対に人見知りはやっぱり克服できないと思ったなら、「人見知りは克服できません」という前提で、つまりそこは自分の曲げられない部分であるという意志をもって、人見知りなりの人間関係を築き上げていく努力をしていくべきなのです。

一番いけないのは、その中間の立場です。

人見知りだなんて自分は本当にダメなヤツだなって思いながらも、克服する意志も、克服しないで適応する意志も、もたないことです。

いくら物理的な自由があったとしても、ぼくは人に流され流され、流され続けて、自分らしさも掴むことなく、生きた廃人になることでしょう。

意志あるかぎり


誰にも流されない意志を持ってさえいれば、心の中に折らずに保っている部分がありさえすれば、ぼくは自由である。

民法や会社法の知識はすっかり忘れましたが、大学生活で唯一記憶に残った学びは、それだけです。


会社をやめていてもいい。

しかし、来年のぼくには、これを忘れずに、どこかで自立して生活していてほしい。
  

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